Kennyの一橋大学日本史対策

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2016年度 東大日本史の雑感


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大問1:律令制下の国司と郡司

設問がAとBに分かれており、Aでは郡司が律令制の中で特異な性格をもつ歴史的背景、Bでは8世紀初頭から9世紀にかけての国司と郡司の関係の変化について問われました。

郡司の特異な性格といえば、国造など伝統的な地方豪族が任じられたことですね。

(1)の文章にある評の役人とは、郡司を指しています。

律令国家は中央集権的な政策を実施していきますが、地方支配については現地の豪族の伝統的権威に頼る必要があったということを書けば良いでしょう。

次に国司と郡司の関係の変容についてですが、これは国司の支配力強化に伴って郡司の力が弱まったことを書けば良いですね。

Aで書いたように、7世紀から8世紀までの朝廷が地方を支配するためには、地方豪族の伝統的権威に頼る必要がありました。

しかし、郡稲を国司の単独財源である正税に統合したように、次第に国司の支配力が強化されていったため、地方豪族の伝統的権威は不要になり、新興豪族層が郡司に任命されるようになったわけです。

ちなみに、10世紀に入ると今までは郡司の実務であった徴税も国司が担うようになり、受領と呼ばれるようになった国司の権力がさらに増大した一方で、これまで地方支配を直接担ってきた郡司(郡家)の役割は衰えていきました。

ただし、今回の設問では8世紀から9世紀に時代が限定されているので、これを書いても加点されないことに注意しましょう。

 

大問2:惣村の生産活動と自治

用水の共同使用を軸に、中世の惣村が生産の安定を図るためにとった行動について問う問題です。

かなり具体的な事柄についての論述ですから、資料文の読解がカギとなりますね。

まず前提として、惣村は近隣惣村と用水を共同使用していました。

また、個々の荘園領主に愁訴して用水の修繕費用を獲得しました。

(3)~(5)では、用水をめぐる荘園(惣村)の対立の変遷が書かれています。

(3)では幕府に裁定を求めたわけですが、裁定に不満をもった惣村・一揆は武力闘争も辞さなかったことが(4)からわかりますね。

(5)では、沙汰人(惣村の支配者層)の仲裁によって争いが決着したと書かれていますが、これは惣村の特徴である自検断を指しています。

これらの情報を整理して、惣村がとった行動をまとめれば良いでしょう。

 

大問3:江戸幕府の大船禁止令

Aでは、徳川家康が大船禁止令を出した理由が問われています。

当時は、大坂の豊臣家が依然として影響力を保っており、幕藩体制の障害となっていました。

そこで国内の戦闘や兵力輸送に用いられる大船を没収・禁止することで、豊臣家と関係が深い西国大名の軍事力削減を図ったのです。

Bでは、幕末期に大船禁止令に対する理解がどう変化したかを問われています。

Aで書いたように、大船禁止令の本来の目的は諸大名の軍事力削減にありました。

しかし、ペリー来航という脅威に対応して大船禁止令の改定に着手すると、家光の狙いは諸大名の軍事力削減だけでなく、外航可能な大船を禁じることで諸大名が対外交易によって富裕化するのを防ぐことも目的だったのではないかと拡大解釈されるようになったのです。

 

大問4:近現代の経済発展と工業労働者の賃金

Aでは、19世紀末に女性工業労働者の賃金上昇がもたらされた背景とそれが及ぼした社会的影響について問われています。

日清戦後経営によって製糸業・紡績業が急速に発展すると、女性労働者が不足するようになったため、必然的に賃金は上昇しました。

そして、賃金上昇によって女性の社会的地位も高まったわけです。

Bでは、男性工業労働者の実質賃金が1930年代に下降した理由と1960年代に急上昇した理由が問われています。

1930年代といえば、もちろん昭和恐慌です。

昭和恐慌下で産業合理化が進んだうえに、軍需に頼った景気回復に伴うインフレに対して賃金の上昇が追い付かなかったため、実質賃金は下降し続けました。

一方、1960年代は高度経済成長とともに政府の所得倍増計画が進められました。

重化学工業の発展に伴って工業労働者が不足するようになり、さらに日本型経営確立とともに春闘など労働運動が定着したため、実質賃金が上昇したわけです。

 

まとめとアドバイス

今年度は文化史が出題されなかったことと戦後史が出題されたことが特筆されます。

社会経済史を中心にオーソドックスな出題だったため、昨年度よりも易化したといえるのではないでしょうか。

ただし、問題が平易になればなるほど、書き漏らしなど些細なミスによるダメージも大きくなりますから、そういった意味では難しい問題ですね。

 

大日本史は資料文という形でヒントを提示してくれますが、だからといって知識を暗記しなくても良いというわけではありません。

資料文は解答作成の指針を与えてくれるだけですから、やはり教科書の知識をしっかりと頭の中にインプットしておく必要があります。

つまり、東大日本史で問われているのは、自分が持っている知識を資料文に合わせて適切に編集し、解答を作成する能力なのですね。

また、東大日本史の特徴として、基本的に偏った出題傾向はありません。

受験生は全時代を網羅的に学習する必要がありますね。

 

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